お彼岸て一週間なんだよ

ネコと日常

お盆の次は、お彼岸!

ちょっと忙しくない?

お墓参りにも行かなくちゃ!

というか・・お彼岸てどういうものなの?

 

いちまつネコ
いちまつネコ

お盆は何となくどういうものか分かりますが、お彼岸て改めて考えると何ぞや?となる方もおおいでしょう。

お墓参りをするのは分かるけど、どんな意味があるのか・・・。

実家がお寺のネコがお答えします。

家がお寺だと、お盆とお彼岸・暮れ・お正月は賑やかです。

(いろんな意味で)

子供の頃の感覚だと、歩行者天国級に人であふれていました。(笑)

そしてそれぞれの行事によって、人出に変化があったんですね。

お彼岸は、落ち着いた賑やかさがありました。

お彼岸の意味

お彼岸は春と秋の年に2回あります。

春は、春分の日をはさみ前3日と後3日のあわせて7日間。

秋も同じように、秋分の日をはさみ前後3日間をいれた7日間です。

この7日間のあいだに、お墓参りをするんじゃないでしょうか?

 

「お彼岸てなに?」

お彼岸の彼岸というのは、仏様の世界のこと(極楽)を意味しています

この世界は西にあると考えられているんですね。

太陽は東から昇って西に沈みます。

お彼岸の日は、真東から真西に太陽が動きます。

真東を此岸(この世)真西をあの世(彼岸)を結ぶ日だといわれています。

そんなことから彼岸の日は、彼岸(極楽)に近くなる日だと考えられたようです。

もともと自然信仰や先祖信仰があった日本は、この日に特別な想いを持ったようです。

(お彼岸は仏教国のなかで日本独特の風習です)

お日様を仰ぎ敬う「日願」と、ご先祖様を大切に思う気持ちが結びついて、彼岸の供養になったと考えられています。

 

もう一つは、ちょっと小難しいんですが(笑)

彼岸はサンスクリット語で、パーラミターといいます。

(般若心経の中の波羅蜜多を指します。)

パーラミターを漢訳すると到彼岸(とうひがん)と書きます。

つまり此岸しがん(私たちの生きる煩悩がある世界)から彼岸(煩悩のない悟りの境地)にたどり着いた又は、そのために修行に励むという意味もあります。

そのためお彼岸の7日間では、六波羅蜜ろくはらみつという修行を行うんですね。

もちろん一般の人もできます。

 

お彼岸の7日間

一般的に「7日間のうち、いつでもお墓参りをしていい。」

といわれていますが、六波羅蜜的に考えると決まっているんです。

1日目・彼岸の入り・布施ふせ

これはお金のことではないんです。

穏やかな表情で、優しい言葉をかけて身をもって奉仕をする。

心から人を思いやり、困っている人に席を譲り、旅人には宿を提供する。

見返りを期待せず、受ける側も過剰に欲しがってはいけない。

 

2日目・持戒じかい

みだりに、生き物を殺したり傷つけたりしない。

人のものを奪い取ったり、盗んだりしない。

ウソをつかない。

不純な異性関係をもたない。

お酒をのまない。

 

3日目・忍辱にんにく

寛容な心を持つ。

他人からの侮辱や迫害を耐え忍ぶ。

そうすることで思いやりの心や、寛容さが身につく。

 

4日目・中日ちゅうにち

お中日というのを聞いたことがある方もいるかもですね。

7日間の真ん中の日です。

この日にお墓参りをします。

 

5日目・精進しょうじん

毎日を大切に努力をしなさい。

1日1日の積み重ねが一生です。

 

6日目・禅定ぜんじょう

心を静かにして、動揺をしないこと。

動揺すると、大事なことを見誤ってしまいます。

 

7日目・彼岸の明け・智慧ちえ

物事を理解し、正しく筋道をたてられること。

それを処理する能力のこと。

 

とてもじゃないけど、実践できそうにないんですけど・・・。

それに何を言っているのか、いまいちピンときませんよね。

わたくしネコ的に要約すると

「小さなことでもいいので、目標を立て実行しよう。」

「情けは人の為ならず・・人のためになることは、自分の心に大きな幸福をもたらすよ。」

「自分の心の目は、いつでも自分を見ている。正しい道を進もう。」

という所かなと思っています。

半殺しと皆殺し

いきなり物騒ですが、これはぼた餅とおはぎのことです。

みなさんも知っている通り、もち米とうるち米を混ぜて炊いたご飯に、あんこでくるんだものですね。

このごはんの粒々感を残したものを、半殺し。

お餅のようにしたものを、皆殺しと言ったようです。

また地域によっては、粒あんとこしあんの違いを指す言葉だったりします。

 

見た目の違いはあまりないようですが、ぼた餅(牡丹もちともいう)は春のお彼岸。

おはぎ(萩は秋の花)は、秋のお彼岸とわけて呼ぶようです。

 

あんこの具合も、春の彼岸のぼた餅は、ひと冬越した小豆を使うので皮が固くなります。

そのため皮を取り除いて、こしあんにします。

秋の彼岸のおはぎは、小豆が収穫されたばかりで皮もやわらかいので、粒あんのままいただくようです。

彼岸花

そして秋のお彼岸といえば、彼岸花がキレイですよね。

でもみなさんも

「家に持って帰ると火事になる」「お墓に生えてるから縁起が悪い」

なんて大人に言われた覚えがあるんじゃないでしょうか?

これにはちゃんとした理由があります。

  • 彼岸花は花・茎・球根すべてに毒があるから
  • 子供がキレイだからと勝手に摘んでこないように
  • お墓がモグラなどに荒らされないように

こんな理由があったんですね。

彼岸花はすべてに毒があります。

でも口にしなければいいことなので、触ったりする分には影響はないのです。

またキレイだと子供が勝手に花を摘んでしまうこともあるので、戒めとして怖い言い方をしたのだと思います。

そして毒があるからこそ、ネズミやモグラに荒らされないように周囲に彼岸花を植えたようです。

まとめ!

仏教でもお彼岸というのは、聖徳太子の時代から始まった日本古来の風習になります。

一説には修行僧の方々の、修行週間をつくろうということが始まりだったとか。

(ほとんどが修行の日々だと思うんですが・・・。)

そこから派生していって、ご先祖様に感謝や収穫に感謝するということに結び付いていったようです。

 

お彼岸に先祖供養をする意味

東を此岸(この世)西を彼岸(あの世)と考えていた。

お彼岸の時期は真東から日が昇り、真西に沈むところから、この世とあの世が近くなる日と考えられた。

昔からお日様(太陽)を崇める風習があったので日願に結びつけられた。

 

収穫に感謝する意味

春には作物の植え付けが始まります。

作物がよく育つようにと前の年に収穫した小豆を煮て、こしあんにした(保存した小豆は皮が固いので)ぼた餅(牡丹餅)を供え祈願をしました。

そして秋には収穫が出来たことの感謝を込めて、収穫したての小豆(収穫したては皮が柔らかい)で粒あんのおはぎ(萩)を作りお供えをしました。

 

「でも・・コロナが心配で、お墓参りにもいけない。」

「お盆も帰れなかったけど、お彼岸もちょっと無理そう。」

そんな方もいらっしゃると思います。

あの世(彼岸)は想念の世界ともいわれます。

想念というのは想いですね。

そもそもご供養は、手を合わせて故人が安らかにいられるようにと祈るものですよね。

そして想いというものは、場所を選びません。

それはお墓に行く方が、気持ちが込めやすいかもですが、できないものを無理にするものでもないです。

なので、そこまで行けない方は、静かな場所で故人を想い手を合わせてください。

(お墓の方向とか実家の方向に向かってなら、なお気持ちが入りやすいかも)

それだけでもきっと想いは届きます。



最近は核家族化がすすんで、古来の風習も廃れつつあります。

でもお盆やお施餓鬼、彼岸などのときはその意味を思い起こしてみるのもいいと思います。

なんか・・日本人ぽくて良くないですか?(笑)

これを機会に、お彼岸とは何ぞやと考えてみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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